大黒屋光太夫 (岩波新書)



大黒屋光太夫 (岩波新書)
大黒屋光太夫 (岩波新書)

ジャンル:歴史,日本史,西洋史,世界史
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事実は小説より奇なり

 近代直前の激動の時代に、まさに波瀾万丈の人生を送った大黒屋光太夫の人生。小説や映画ではよく知られているが、本書は最新の学術的資料にもとづいてその人生を描き出す。
 ある意味では光太夫に関するものの中でこの本が最も小説的かもしれない。膨大な資料から導かれた詳細な描写はリアリティに満ちて、キャラクターの心理描写を追体験できるようだ。
 ひとりひとりの人物の意志の強さや逡巡、苦悩、そして幕府やロシア、イギリス、オランダの思惑などが、そしてラクスマンやレセップスといった個性豊かなキャラクターたちがとても明瞭かつ生き生きと示され、見事なストーリーとなっている。
 知恵と勇気を振り絞って前人未到の帰国劇を実現した先人の功績を一人でも多くの人が読まれることを願ってやまない。
簡明に光太夫のドラマを伝えている

 大黒屋光太夫の漂流記は、過酷な漂流体験からエカチェリーナU世への謁見、日本への帰国に至るまで実に劇的である。この新書は、そのドラマティックな漂流記を簡明かつ、ポイントを押さえて記している。
 簡明ながらも、次々と仲間が息絶えていく光太夫らの旅の過酷さは余すところなく伝えている。その一方で、献身的な支援を与えたラクスマンとの出会いについての記述も、また見逃せない。賓客でも何でもない(ロシアの貴族は、光太夫を豪商と思っていたらしいが。)一東洋人光太夫らのために、方々に手を尽くして工作に励むラクスマン。その様子を読めば、人間的な慈愛に心打たれずにはいられない。ラクスマンの姿に、ふと我が身を振り返り、身勝手な自分を反省したくなる。
 ところで、興味深いのは、松平定信がロシアとの交易もありだと考えていたフシがあるという指摘である。定信というと、林子平の『海防論』を没収し、処罰したという事件で名高く、外交については閉鎖的だったというイメージがあるが、そうしたイメージを払拭する指摘で、おもしろい。江戸幕府は、『オランダ風説書』を通じて、フランス革命も知っていたというから、案外、幕閣の外交感覚はユニークだったのかもしれない。
 
 
堅実な史料活用に拠る漂流譚

大黒屋光太夫の漂流譚はこれまで何度も小説になったり、映画にもなっている。
光太夫が専門の著者が北槎聞略を初めとする多種多様な資料をもとに、想像も織り交ぜながら再構成した、光太夫の漂流譚である。

難破、アリュートへの漂着、ロシア人との交流、イルクーツクでの日々、そしてモスクワでのエカテリーナ2世との謁見、帰国・・・まさに波瀾万丈の物語である。
この物語では船頭であった光太夫が注目されがちであるが、それ以外の船乗り達もまた運命の人生を送った人々であった。
故郷を思いながら異国の地に果てたもの、ロシアの地で結婚して骨を埋めたもの、帰国を目前にして蝦夷地に斃れたもの・・・彼らあってこその物語である。

意外であったのは帰国後の処遇。
禁固状態で一生を終えたものかと思っていたが、市井の一市民として、学者達と宴会を楽しんだり、幕府などの要請に応じてロシア時代の話をしたり、わりと自由な人生を送ったとは思っていなかった。
外国船の来訪が相次ぐ時代であり、幕府としても既に情報統制をするべき時期ではなかったということだろう。鎖国(近年は色々なとらえ方があるが)とはいえ、末期ともなると外国事情もわりと知られていたという事が窺えて興味深い。
一漁師の物語

 山下氏自身が認めるようにある意味「小説」として読めます。

 光太夫の足跡をたどってみるとたくさんの有名な人に出会ったのだなあと思いました。
 特にキリール・グスタヴォヴィチ・ラクスマンに私は注目しています。
 彼はスウェーデン領サヴォンリンナ(現フィンランド)生まれだそうです。

 ということはキリールが最初に日本人と会ったフィンランド人ということになるのではないでしょうか?
 北欧に関心のある私にとってワクワクしてしまいました。

 そして山下氏が後半で松平定信がロシア交易をすでに考えていたという指摘は大変興味深かったです。
 「オランダ風説書」などの研究が進めば明らかになっていない「事実」が出てきそうです。

 一漁師がたどった波乱万丈な「物語」、すなわち「歴史」が描かれていました。 
大黒屋光太夫って静かなブームなんだろうか??

ここのところ、吉村昭の「大黒屋光太夫 上・下」がでたり、別冊太陽でも光太夫も入っている「日本の探検家たち」という本が出たり、こないだはBSで「おろしや国酔夢譚」の映画をやってたし、去年の春にも新潮新書から津太夫の本(「漂隆起の魅力」)が出てたりしていたが、今度は、岩波からずばり「光太夫」の本が出た。巷では光太夫はちょっとしたブームなのだろうか。

 光太夫研究については、1次資料としては「北槎聞略」が有名で、ほかに「北槎異聞」などもあるのだけれど、実は、郷土史家や本書の著者などの緻密な研究の結果、最近、いろいろな新事実(新文献)が発見されているのである。吉村昭の「大黒屋光太夫」は、そういった研究成果の成果品とも言えるものだが、本書は、現時点での光太夫に関する知見を総論的にまとめたもので、実はたいへんに「イキのいい」本なのである。

 著者の山下氏は、光太夫とともに日本に帰りついた磯吉の供述文書「魯西亜国漂舶聞書」の発見者あり、この資料の発見の事実が、吉村昭氏の「大黒屋光太夫」の執筆動機になっているらしい。

 図版も多数掲載されており、とくに地図いくつか掲載されていることが、この手の本としては意外と珍しく、新鮮であった。



岩波書店
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